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最近、偏差値教育の弊害ということで、「ゆとり教育」が叫ばれ、学校でも勉強することをあえて避ける傾向があります本当にそうなんでしょうか。確かに、以前に私が勤めていた大手塾は、ハチマキをし、竹刀を片手に、ひたすら開成、麻布、灘、武蔵を目指し、勉強をさせていました。受験ママは「成高(成田高校)」などと言い、私はそれを見るたびに体にじんましんが出来るほどの嫌悪感を感じていました。これは教育を産業化し、拝金主義そのものでしょう。
私は勉強することが決して悪いことだとは思いません。むしろ、勉強をしたい子には好きなだけ勉強をさせるべきと考えるのです。私は大学受験の勉強の中でゲーテを知りました。ゲーテは「諸君、君たちがベットの中で泣き明かした経験がないのなら、君らはたかだか六〇年ほどを生きて去っていく、ただの地球のお客様にしか過ぎないのだよ。」と言っています。この言葉は、人生を教えてくれます。
私はスポーツばかりをやり、能力は普通なのに内申点が「オール2」と言う子に問題ありと考えています。このような生徒は、必ずと言ってよいほど落ち着きがなく、公衆道徳がなく、何処へでもゴミを捨てます。又、夜中に大声で叫びながらマンションを走り回り、百回注意しても言うことは聞きません。テレビで、放映された「成人式の馬鹿者」そのもので、残念ながら近くにも沢山います。ところが、このような「馬鹿者」も、学校の成績を上げて「3」位になり、プライドが出来ると落ち着きます。又、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の利己主義の愚かさや、良寛の「他人を訴す心」を教えると公共性も身についてきます。
友人がいて、自然の中で体を動かし、勉強を思い切りする。こんな生活で決して「酒鬼薔薇聖斗」は生まれません。家に閉じこもり、コンピュータばかりをし、友人がいない子に精神の異常をきたすものと考えます。
医師界、司法界、教育界も高い能力と教養を備えた人材が必要です。大いに勉強しましよう。